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一昔前のお城の姿 2 [城・館・チャシ・グスク]

 前回は東北・北海道のお城でした。今回は関東の城ですが、写真が多いので、茨城、栃木、
群馬の城で、訪れた順に載せました。

 前回はお城の中の建物(民家)とか、城(史蹟)が民有地だったり等現在と違うものを
アップしましたが、今回は整備されていなかった、お城の姿をアップしました。


土浦城  1963(昭和38)年11月10日

 日本城郭協会の見学会に参加したときのものです。
土浦城集合.jpg
写真二列目中央に鳥羽正雄先生がおられます。
当時学生だった小和田哲男氏(現日本城郭協会理事長)、藤井尚夫氏(日本城郭協会
理事)、西ヶ谷恭弘氏(日本城郭史学会会長)、当時の学生部の方々がいらっしゃる
と思いますが、現在のお姿と変っていらっしゃるのでわかりません。
土浦城レジュメ.jpg
これが当時のレジュメ(B4)で裏に縄張り図が描かれてました、表の文は小和田氏で
裏の図は藤井氏が担当されていたみたいです。
でも当時はガリ版印刷なので大変だったろうと思われます。
当時の写真は全て白黒です。
城址碑003.JPG
太鼓櫓門013.JPG
                       



左は城址碑です、右は現存の太鼓櫓門です、この櫓門今は修築復元されている
そうです。

櫓009.JPG
櫓006.JPG
                                                  
櫓ですが、現在皆様が見られる櫓とちょっと違います、現在の櫓のほとんどが石垣の櫓台
の上にありますが、関東は石が少ないので木の足組みの上に建てられていますので、ちょ
うど土塁の上にあるようにみえます。

門005.JPG
門024.JPG
 
二ノ丸門ですが、これも現在修築復元されているそうです。

土塁・石垣・堀004.JPG土塁・石垣・堀018.JPG
土塁・石垣・堀です。

土塁・堀012.JPG堀010.JPG
左は土塁と堀で、右は土塁の上から見た堀です。



下野小山城 1964(昭和39)年4月29日
この城は中世の城なので、遺構もほとんどない中なにを根拠にこの城へ行ったかは
覚えていない。
それで、「城紀行」をみたところ「今でも空堀、土塁が残っている、・・・、この城も江戸時代
には廃城となっているが、一時は四つの支城を持つ城だった。・・・、城の要害利根川の
支流思川の対岸に渡り300mmの望遠でと三脚をたてていたら、人が集まってきた、ただ
望遠の試し撮りなのに、移動しょうとしてもぞろぞろついてくるのでそうそうにひきあげる。」
とあります、当時300mmの望遠はかなり高価(多分サラリーマンの月給の1.5ケ月分)ですか、
当時の望遠はズームでなくて単焦点でF 7 で絞りも今のレンズでいえば開放状態で手動での
設定でした。シャッタースピードも自分の勘と経験だったので、露出計を早く買いたいと思って
いました。

城入口001.JPG城入口002.JPG
城入り口と言うより本丸入口です。

説明板004.JPG本丸跡003.JPG
城説明板と本丸跡です。

土塁005.JPG
堀010.JPG
                                            

左は土塁で右は空堀です。

堀切007.JPG
堀切りです、左は二ノ丸右は本丸ですが、二ノ丸へは当時は入れませんでした。



宇都宮城 1964(昭和39)年4月29日
この城は上記小山城の後きました。
この城については、以前にも書きましたが、下記は「城紀行」よりの抜粋です。
「・・・。駅の構内に市の観光案内があったので、宇都宮城址(うつのみやじょうし)に行く
バス乗り場を聞いたところ?番線で宇都宮女子(うつのみやじょし)で降りたら目の前です
と言われ、さすが県庁所在地、城址が史蹟になっているのだ、と早合点し、車掌の「次は
宇都宮女子(うつのみやじょし)」で「降ります」と云って降りた目の前は宇都宮女子高等学
校の校門前ここで城址を小一時間さがしましたが、跡らしきとこはみあたらず、祝日の午後
歩いてる人もなく民家もなく、バス停で誰か来るのをまち、ようやく来られた方に「宇都宮城址
は」と「女子く目の前だ」ここでじょうし と じょし の聞き違いに気が付きました、ここから行け
ないこともないが、また間違えるかもしれないので、駅まで戻り、県庁に行くバスでといわれた。」
よく考えてみると、当時は城址など訪ねる人などいないので、当時東北線のダイヤは2時間
に1本ぐらいだったので、2城しか回れなかった。
ここらは当時の写真です、現在は櫓、塀などが復元されていますが、当時は堀以外
ありませんでした。

城址碑021.JPG説明板022.JPG
城址碑と説明板です。

城入口015.JPG本丸跡023.JPG
橋右に本丸橋と彫られています、右は本丸跡。

二の丸跡028.JPG土塁017.JPG
左は二ノ丸跡、右は二ノ丸土塁。

堀・土塁029.JPG堀025.JPG
土塁と堀です。



結城城 1964(昭和39)年5月3日
この城についても記憶はありませんので、「城紀行」より抜粋「結城駅より歩いて30分
いまは神社境内となっている城址、・・・、土木工事をしているが、城址は消えてしまう
運命か。ここも城址だったと思われる竹薮、空堀だけが、城の面影を遺している。」
とある

大手橋009.JPG本丸跡002.JPG
左は大手橋、右は本丸跡

二の丸跡017.JPG堀010.JPG
左二ノ丸跡(畑)、右空堀

土塁015.JPG堀008.JPG
左土塁、右空堀

土塁013.JPG
城内聡敏神社001.JPG

左土塁、右城内聡敏神社碑。



下館城 1964(昭和39)年5月3日
結城城の後この城に行きました、がこの城も記憶にないので「城紀行」より抜粋です。
「城址は市街地にあるため何も残っていない、本丸跡は水道局の浄水場となり、武家
屋敷跡は小学校となっている。が城主の菩提寺とお墓は立派でした。
本丸跡024.JPG堀023.JPG
左は本丸と右側に少し写っているのが、水道局右は堀

土塁021.JPG
藩主菩提寺018.JPG
                     
左は土塁、右は菩提寺山門前の碑。

藩主水谷家墓019.JPG
藩主水谷家の墓です。



笠間城 1964(昭和39)年5月3日
結城、下館と周り笠間城に着いたのが5時を回っていた、近くにいらしたお年よりに
笠間城をきいたら笠間城と言うラブホテルがあるらしく、そのご老人何を勘違いされ
たのか、1人でいっても泊めてもらえねえよ、といわれた。

本丸跡037.JPG二の丸跡032.JPG
左は本丸跡正面の美術館の建物今でもあるが、閉鎖されている、右は二ノ丸跡

本丸跡036.JPG大石邸説明板028.JPG
左は佐白公園(千人溜り跡)現在は駐車場となっています。大石邸の柏ですが、400年
も昔の樹木にはみえませんでした。

大石邸跡碑031.JPG
大石邸跡030.JPG
               
左は大石邸跡碑です、現在はもっと立派な碑でした。
右はその立て看板ですが、現在はありません。



水戸城 1965(昭和40)年5月23日
この城も日本城郭協会の見学会で行ったのだが、レジュメも集合写真もない、頼りになるのは
「城紀行」と写真だけ、城紀行のノートも2冊目です。「・・・、感じとしては中世の城郭、石はほと
んど使われてなく、門の枡形でさえ土塁だ本丸には水戸一高、二ノ丸には、三高、附属小学校
、私立二中があり、三の丸には弘道館、三の丸小学校、鹿島神社、県庁がある。武家屋敷など
は水戸駅をはじめ商店街になっている。・・・。」
と書かれているが城の遺構については何も書かれていない。

本丸表門跡008.JPG
本丸二の丸間の空堀006.JPG
                                                      
左は本丸表門跡、右は本丸二ノ丸間の空堀ですが、線路になっています。

二の丸表門跡014.JPG二の丸跡013.JPG
左二ノ丸表門跡、右二ノ丸跡です。

弘道館入口015.JPG弘道館碑016.JPG
弘道館です。

弘道館中019.JPG
弘道館の中002.JPG
                      
弘道館の中です。

弘道館玄関010.JPG弘道館玄関011.JPG
弘道館玄関です。

隅櫓跡010.JPG御前試合の庭020.JPG
左隅櫓跡、右は御前試合の庭です。

弘道館018.JPG弘道館の中008.JPG
左弘道館、右は弘道館の説明板です。

好文亭説明板013.JPG光圀誕生地碑003.JPG
左好文亭説明板、右は光圀誕生地碑です。

偕楽園庭園021.JPG
大日本史編纂の碑012.JPG
    
左偕楽園庭園、右は大日本史編纂の碑です。

 この写真で感じたことは、カラーと白黒の写真がありますが、この時も2台のオメラを
持っていったようです。でも当時のカラーはまだ経年変化が酷く劣化が酷いです。



前橋城 1970(昭和45)年6月28碑
この前橋と足す先は丁度下の倅がおなかにいて、しかも4月には大坂万博にも連れて
行かなかった娘(当時小4)が連れて行けというので連れていったので、城紀行には城
のことほとんど書かれてませんので、記憶もなくてわかりませんので写真だけを載せ
ます。

城址碑004.JPG
城址碑003.JPG
                                  
城址碑です。

大手門跡石垣005.JPG門009.JPG
左は大手門跡石垣、右は門です。

本丸跡006.JPG土塁上から本丸跡007.JPG
左は本丸跡、右は土塁から見た本丸です。



高崎城 1970(昭和45)年6月28日
前橋の後いったので、主役は娘だったので、後で後悔しました。

城址碑 021.JPG三の丸東門027.JPG
左は城址碑、右は三の丸東門です。

櫓030.JPG乾櫓029.JPG
櫓ですが、ここの櫓は前記土浦城の櫓のように柱の上でなく直接ですが
屋根が2段あるので二重櫓とみえますが、1重の屋根がなれれば、倉か
土蔵にもみえます、また、今にも崩れそうです。碑とのギャップがおおき
すぎます。


沼田城  1971(昭和46)年6月12日
この城の時も娘と一緒で、城廻りもこれで一時中断です、これからは子供が主と
なりますので、城紀行は孫が中学生になる頃まで少なくなりました。

城跡説明板021.JPG天守閣跡説明板020.JPG
左城説明板、右天守説明板です。

本丸跡030.JPG二の丸跡028.JPG
左本丸跡、右二ノ丸跡です。

空堀跡022.JPG
空堀跡です。


これで関東の城前半は終わりです、次回は関東の後半です。

月は昨年10月までに頂いていた情報ですが、これも今回で終わりです。


「東山魁夷展」
東山展.jpg
場所 東京富士美術館
期日 1月2日~3月4日


東京富士美術館





企画展
「ふるさとからのおくりもの」
ふるさとからのおくりもの1.jpg
ふるさとからのおくりもの2.jpg
場所 和歌山県立博物館
期日 1月27日~3月4日


和歌山県立博物館





企画展
「大田道灌と江戸」
大田道灌と江戸.jpg
場所 国立公文書館
期日 1月13日~3月10日


国立公文書館





企画展
「東京発掘」
東京発掘.jpg
場所 東京埋蔵文化財センター
期日 29年3月9日~20年3月11日


東京都埋蔵文化財センター





企画展
「蝦夷地域の戦国城郭」
蝦夷地域の戦国城郭.jpg
場所 いずみ郷土史料館
期日 12月16日~3月25日


いすみ郷土資料館





特別展
「城下町ヒストリー」
城下町ヒストリー.png
場所 高知県立紀伊増文化財センター
期日 10月14日~3月30日


高知県立埋蔵文化財センター





企画展
「岡本と東京緑地計画」
岡本と東京緑地計画.jpg
場所 世田谷区立岡本公園民家園
期日 7月1日~3月31日


岡本公園民家園




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ハマコウ

貴重な写真ばかりですね。
ガリ版でのレジュメ作り・・・情熱を感じます。
by ハマコウ (2018-02-25 18:26)